2019.6.27更新終了しました。
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チョコレートふたつ

私はペーパードライバーですが、母もまた、私が小学校にあがる直前までペーパードライバーでした。

以前このブログで「背の高い車は怖くて運転できない」という話をしたのですが、母の場合、「コロンとした車でなければ運転できない」。

関連:車と運転の魅力

当時実家にはセダンとワンボックスがありましたが、まるでコロンとしていません。

これらが動くのは単身赴任で留守にしていた父が帰ってきたときか、祖父が気まぐれに出かけるときだけでした。

 

実家は都内にあったので、車がなくても生活できます。

特別不便でもありませんでしたが、近所の人たちは日常的に車を運転していて、また車はあるにも関わらず運転しない理由を尋ねてくる人もいて、母は苦痛に感じていたようです。

 

私が小学校にあがるときに、塾や習いごとの送り迎えに必要だろうと母専用のコロンとした車が買い与えられ、それ以降どこへ行くにも足は車になりました。

 

ただ、私の中では、母が運転しなかった時代がとても美しい思い出として残っています。

母の運転と車にはずいぶん助けられました。

なので、この話を自分の外に出すのははじめてです。

 

幼稚園に通っているころからいくつかの習いごとをしていましたが、行き帰りは母が歩いて送り迎えしてくれました。

結局、歩いて移動できる範囲内での行動がほとんどなんです。(車は必須ではない)

 

母は小一時間そのへんの喫茶店で時間を潰したり、長いレッスンの日には一旦自宅に帰ったり。

私は友達と話すより母と過ごすほうが圧倒的に好きだったので、習いごとが終わって外に出たとき、少し離れた場所に立つ母を見つけると嬉しくて仕方がありませんでした。

 

あるとき、いつもと同じような習いごとからの帰り道、ふいに母がポケットから小銭を取り出したんです。

なんとも雑につっ込まれた小銭で、しわくちゃのレシートと一緒に出てきたのは100円にも満たない金額。(喫茶店でコーヒーを飲んだおつり?)

父と私は大変な几帳面でしたが、母には思いがけない雑さがあり、時にギョッとさせられました。

 

「なにが買えると思う?」

目の前には駄菓子屋のような小さいお店があり、首をかしげたまま黙っている私の手を引いて中に。

買ったのはチョコレートふたつ。

レジに持って行ったのは私です。

 

「小さなお金でもチョコレートが買えたでしょ」

うん…と小さくうなずいて、ふたりしてチョコレートを口に入れて、また静かに歩き出しました。

 

お金の計算やお金の価値を教えたかったのだと思いますが、なぜだか妙に印象に残っている出来事です。

母と多く手をつなげたぶん、車がなかった時間には感謝しています。

 

コメント

  1. ジュン より:

    素敵なお母さんですね。
    「雑」ではなくて、
    「おおらか」なんでしょうね。
    時に、おおらかさは几帳面より、丁寧です。
    そして、買って来たのが
    飴ではなく、チョコレートなところが上手いですね。
    今日も良い天気ですね。

  2. D より:

    おかあさんとの触れ合っていた時代の記憶は、宝石のようにキラキラなんでしょうね。
    いつしかあさがおも、宝石を作ってあげられたらいいね☆彡

  3. シズキ より:

    遠い日の想い出は幾つになっても思い出す度に新しい風を心の中に吹かせてくれますよね。
    ある本によると幼い頃の想い出は、それからの経験や関係によって書き変えられるらしいとか。
    楽しい想い出が、いっぱいある人は幸せなんだと思います。

  4. 風のジハード より:

    お母さんと二人だけの、その瞬間だけは誰にも壊されたくない時間ですね。
    あさがおさんのサブブログを読むと、もう二度と思い出すことも無かったかもしれない ささいな想い出を、なぜかいつも思い起こさせてくれます。

    俺が小学校に入ったばかりの頃、母と二人だけで地元の小さなお祭りに行った事がありました。祭りの様子とか何も記憶に残っていないのですが、ただ一つだけ鮮明に想い出した事があります。
    屋台の一つに「綿あめ菓子」屋さんがありました。母は「家に帰ったら一緒に食べようか」と言って、綿あめを一袋 買ってくれたんです。祭りの会場を後にして、暗くなった道を母と綿あめを抱えながら帰りました。

    家につき、台所のテーブルに母と二人で座り、綿あめを食べようとした時でした。どこかに出かけていた、父と妹が「ただいま」と言って帰って来たのです。
    母は綿あめを一口も食べること無く「妹と二人で食べていいよ」と言ったのです。

    違う。この綿あめだけは、母と二人で食べたかった。この時間だけは誰にも邪魔されたくなかった。
    子供心にとても悔しくて、その後 綿あめを食べたかさえも覚えていません。

    そして祭りからの帰り、母と二人で綿あめを抱えて歩く暗い道を想い出しながら、あさがおさんの「チョコレートふたつ」と なぜか重なりました。

    • 風のジハード より:

      あさがおさんの言葉の表現て好きなんですが、たまにわからない時があります。
      ・・・コロンとした車って、どんなんだぁ !?

  5. Gin より:

    やはりお母様が好きなんだなあ。
    几帳面なお母様かと思っていたら、違うのですね。

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