2019.6.27更新終了しました。
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進路に悩む

中学生のとき、迷うはずのない進路に迷いました。

当然ここを受験するのだろうと、まわりの大人たちも私自身も思っていた高校がありましたが、土壇場で「進路変更する」という選択肢が浮上し、迷っていました。

 

もともと受験予定だった高校は進学校、新たな選択肢として迷っていたのは工業高校。

結論を言ってしまうと、結局はもとの予定通り進学校に進みました。

 

工業高校への進学は良い案だと思いましたが、まわりの大人たちは大困惑。

工業高校ってどんなところだか知ってる?

男の子がたくさんいるんだよ?

連日くり返される説得の中に、「この子はなにを考えているんだろう?」という疑いと怯えを見た気がしました。

 

とにかく女性らしいものを好む母は、絶対にダメだと言います。

「せめて商業高校にして」と半ベソで訴えられるものの、それでは意味がありません。

よりにもよってなぜ工業高校なのか、その理由をはっきりとは言いませんでした。

 

あちこちで繰り返し書いていることですが、私は子供のころから男性に憧れていました。

存在だけでなく、男性社会や男性の生き方に対する憧れと興味も。

それと同時に当時の私は、女性との関わりを減らしたかったんです。

 

中学に進学してすぐ、「先輩(女)に目を付けられる」という前時代的な体験をしました。

特に被害はないのですが、とにかくネチネチと絡みついてくる…

避けてもわざわざ会いにくるし、自分たちのグループに引き込もうとしてきます。

嫌っているはずの相手に近づく(そしてこきおろす)のは女にありがちな戦法です。

 

いじめとも違うあたりタチが悪くて、「先輩と仲がよくていいね」と言った同級生もいました。

どうしてそうなったのかは先輩グループと私しか知らないことで、また発端となった出来事は人には説明しにくく、とにかく面倒でした。

 

中学も三年になってやっと解放されましたが、高校でも同じことが繰り返されるのはなんとしても避けたい。

さらに私はなるべく早く働きたいと思っていたので、良いのではないか、工業高校。

 

ついに母はさじを投げて、「お父さんに聞きなさい」。

日曜日の夜9時くらい。

父は単身赴任で遠くにいましたが、赴任先で借りている家に帰ってくるころ。

 

お前の人生だから、よく考えて出した答えなら応援する。

でも工業高校に進んだからといって、望む働き方ができるとは限らない。

今はどんな職に就くとしても、大学で勉強してから社会に出たほうが良い場合もある。

でも、お前の人生だから好きに決めればいい。

 

父のこれを聞いたときに、やっぱり最初に行くはずだった高校に進もうと思いました。

電話口でそれを伝えると、父は「そうか」とだけ。

 

工業高校に進んで勉強したいことがあるのではなく、あきらかになにかから逃げるための進路変更。

父はそれを見抜いて、でも普段物を言わない私が言い出したことを否定せずにいてくれました。

短い会話でしたが、私は気が済んでしまって。

その通りだな、先輩うんぬんよりも進路は自分の未来のために考えるべきだなと、すっかり納得したのでした。

 

移り気で人騒がせ…その後は反省してよく勉強しました。

目の前のことしか見えていないとき、視点を変えるためのアドバイスをしてくれる人の存在は大きいですよね。

 

コメント

  1. ジュン より:

    進路って人生を決める一大イベントですよね。
    お父さんは多くを語らずに、
    相手の意見を尊重したうえで
    ちゃんと反対してくれている。
    やはり親子ですね。

  2. D より:

    コメント書きようが無いなと思いましたけどこれだけ。
    人生に正解があるならアンチョコ見せてくれよ神様。

  3. 風のジハード より:

    素晴らしいお父さんですね!ホントにそう思います。大きな愛で見守もられるてる様子がうかがえます。

    俺は10代の頃、親父が大嫌いでしたから・・・

    親に愛されていると感じられる10代を過ごせるなら、大きく人生を見間違うことも無いのかもしれません。
    また、あさがおさんの10代の頃の(酸いも甘いも含まれた)その一端も垣間見れて、今回のサブブログは とても興味深いものとなりました。

    それでも今は、親父と二人で飯を食いに行ったり 呑んだりもするようになりましたから、もう10代の頃のような尖った感情もずいぶん無くなりました。

    そのきっかけとなったのが、お袋の死だったのです。

    俺がまっとうに生きてこられたのは、お袋の大きな愛によるものだと 今でも信じています。
    そして・・・俺も そんなお袋が大好きでした。
    俺の冷酷な心の部分を吐露するなら「お袋より親父が先に逝ってくれ」と願った事さえありました。
    でもお袋が・・・なぜ?早すぎるじゃないか・・・親の死ほど悲しい事は無いです・・・

    そして葬式の日・・・大きな心の転機が訪れました。
    親族などから かけられる多くの言葉、様々な過去の想い出、あらゆる感情が入り乱れる中、

    「短かったかもしれないが、お袋の人生は幸せだったんだ」と悟りました。

    俺の大好きなお袋の人生が幸せだったと思えた時、人生最大の感謝の心が生まれたのです。

    それが親父でした・・・

    「お袋という一人の女性を幸せにしたのは親父だ」と・・・

    このことに気づいた瞬間、ちっぽけな俺の心は壊れてしまいそうでした。
    そして、一生かけても親父には勝てないと涙しました。
    あんなに嫌っていた親父なのに「俺はひとりの女性すら幸せにしてないじゃないか」と・・・

    親父の小さくなった肩がコタツに丸まっているのを見るにつけ、この人にはかなわないと思うのです。

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