2019.6.27更新終了しました。
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手作りりんごジャム

私が小学生だったある日、親戚からたくさんのりんごが送られてきました。

親戚が多く当時は付き合いも盛んだったので、くだものをはじめとする食べ物が送られてくることは珍しくなく。

ただ、このとき届いたりんごはとにかく量が多くて、同じ家に住む祖父母と分け合って近くに住む別の親戚に配ってもまだまだ残っていました。

 

父は単身赴任で留守にしているので、残ったりんごを食べるのは母と私だけです。

ところが、母も私もそんなによく食べる方ではありません。

特に母は偏食で、りんご嫌いではないものの何日か食べたら飽きてしまうのは目に見えていました。

 

あるとき学校から帰ったら、母がキッチンに立ってホーロー鍋をかき回していました。

こんな時間に珍しいなと思ったら、台所中がとても良いにおい。

母のもとに寄って鍋をのぞき込むと、煮詰められていたのは淡い色のりんごジャムです。

 

お行儀は悪いですがふたりして立ったままスプーンを持ち、まだ熱いジャムを鍋から掬って口へ。

これが甘いよりも酸っぱいのですが絶品で、食べたときの衝撃を私はたぶん一生忘れないと思います。

 

それ以来、我が家には空前の手作りりんごジャムブームが訪れました。

家の一角を占領していたりんごはみるみる減り、それでも飽きない私たちは違う銘柄のりんごを買いに出かける始末です。

銘柄によってジャムの仕上がりは全然違って、「どのりんごで作ったジャムが一番おいしいか」と真剣に話し合ったものでした。

 

大人になった今、たまに懐かしくなって自分でりんごジャムを作ることがあります。

あと今年はやりませんが気が向いて梅を漬ける年があって、傷が付いていて漬けられない梅はジャムにしていました。

関連:梅対決

 

でも、あの日母とホーロー鍋から掬って食べたりんごジャムが一番おいしかった。

当時食べたりんごジャムの味を正確に覚えているとは思えませんが、記憶が味を美化しているのでしょうね。

ジャムを作るときに母が使っていたホーロー鍋と木べらの感じを思い出して、懐かしい記憶に浸っています。

 

コメント

  1. 風のジハード より:

    料理って、誰と食べたかで おいしさも味も変わりますよね。
    また お袋の味ってやつは唯一無二だから、うまいマズイのレベルでは語れない。
    ・・・いや、マズイ時あったけど。

    山里亮太「あさがおさんの料理を、毎日 食べさせて下さい。結婚して下さい」
    あさがお「え・・・!? 誰!?」
    山里亮太「蒼井優より、普通に あさがおが 好っき~💛」
    あさがお「だから 誰 !?」

    • 風のジハード より:

      いい話。Twitterでのインフォメーションした方がいいよ。

  2. tatiana-🐯 より:

    私の実家は、梨農家です母がこずかい稼ぎに始めたのが今では三町歩程の梨畑に和梨、洋梨

    合わせて10種類程生産してます。

    和梨も洋梨も糖度が13以上あって甘いですよ。食べきれないときは、コンポートにして保存し

    てましたね。

  3. D より:

    モッコリ マチガエマシタほっこりしました^^
    明日は灼熱、明後日からほぼ梅雨入り ジェットコースターのような季節の変わり目に
    身体が付いていかないですが (もっとついていけやしないファンティア・・・)

    今林檎はないので、さくらんぼ辺りか・・・コスト高だな/

  4. 雲水 より:

    実家には梅の木があったので
    この時期は必ず梅酒を作ってましたね。

    あと、ものすごくしょっぱい梅干し。
    ばあちゃんの味。

    懐かしいな。。。

  5. さとぴょん より:

    ランチタイムにおはようさん!今起きた。( -_・)? 今日は午後から仕事。

    ほほえましい情景ですね。そぅいえば、うちも幼い頃母がよくスイーツつくってくれたの思い出します。俺は甘党(今でも)なので、学校から帰ってきたら、それがあると喜んで口に頬張ってたなぁ。

    あさがおさんが作るりんごジャム、一度味わってみたいものです。

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