2019.6.27更新終了しました。
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ばんそうこう事件

生まれてはじめての集団生活を強いられた幼稚園での生活は、慣れるまでただひたすら苦痛でした。

とにかく行きたくない。

私は毎朝「お母さんと離れたくない」を必死に訴えるのですが、母はあの手この手でわがままな娘を幼稚園に送り込みました。

 

母の得意技は、「あいさつだけしてすぐ帰ろう」。

朝だけ行って、クラスメイトや先生にあいさつをしたら家に帰ってもいいよ。

お母さんそこで待っているからね。

 

私もただゴネるだけで自分の希望が通るとは思っていないので、よしわかったと。

母の提案通りにあいさつをしてまわり、さて帰ろうと玄関に向かうと、母がいない…

呆然と立ち尽くしているとすかさず先生がやってきて、「お母さんが戻ってくるまで教室にいよう」。

当然ながら母が戻ることはなく、他の子供たちと同じように一日の授業を受けることになるのでした。

 

単純な性格なので、行けば行ったで授業を楽しんでしまいます。

帰宅後は複雑な心境。

「なぜ私を置き去りにしたのか」と母を責めたい。

でも、「今日こんなことがあってね…」と楽しかった話を聞いてほしい。

 

私はすぐ顔に出るので、母はお見通しです。

「楽しかった?」と聞かれると、母を責めることを忘れて幼稚園での出来事を話して聞かせました。

話のあとには必ず、「明日は幼稚園に行く?」と問いかけられます。

単純な私は、今日楽しかったから明日も行こうかな…?と、母の思惑通りの答えを口にしました。

 

ところが眠って朝になると、気が変わります。

やっぱりどうしても幼稚園なんかに行きたくない、母と一緒にいたい。

母は「朝だけ幼稚園に行く理由」を無数に用意していて、私もそれに乗り、また置き去りにされる…

何度かくり返すうちには、さすがの私もわかってきました。

 

ある朝、「今日は〇〇ちゃんに絆創膏を渡してきて」と母。

〇〇ちゃんは、私にはじめてできた友達のような存在です。

絆創膏はキャラクターの絵柄がついたかわいらしいもので、たしかに〇〇ちゃんにコレを渡したら喜ぶだろうと思いました。

 

今日こそ母に逃げられないように、サッと渡したらすぐ玄関に向かうつもりで。

〇〇ちゃんを見つけて半ば押し付けるように絆創膏を渡し、急いで玄関に向かうも、やっぱり母はいない…

 

その瞬間、無性に悔しくなって大号泣。

泣きわめくというより本当に悔し涙という感じで、くっそー!またやられた!と。

玄関に立ち尽くしたままポロポロ泣いていたら、驚いて集まった先生たちに慰められ、余計に情けなくて。

 

このエピソードは母のお気に入りで、私が大人になってから繰り返し話題になりました。

私はそのたびに恥ずかしくて、でもおかしくて、なんとなく過去の自分がかわいそうな気も。

泣きながら「お母さんはここで待っているって言ったのに…」と先生に訴えたときの気持ちを思い出すと、今でも悔し涙が出そうになります。

 

コメント

  1. さとぴょん より:

    保育園、幼稚園って、人生初の集団生活ですね。そぅですか。ダダッ子だったのネ(^^)
    お母さんが幼稚園まで送るタイプですか。うちは、送迎バスでした。

    今も朝、送迎バスに乗せるのに、お母さんと先生で四苦八苦してる光景目にします。今も昔もみんな同じなんですね。

    うちは、母のなだめかたが上手かったせいか、さほどダダこねずに行ったような記憶があります。

    お母さんの提案通り、挨拶して…その挨拶も程々にし、慌てた表情で玄関に向かう姿、そして先生になだめられ園の奥へ連れられていく…思い浮かべると、滑稽です。

    みんなと1日過ごすと、朝の出来事なんてすっかり忘れ打ち解け合って遊び、また明日会おうねと幼稚園を後にするんですよネ\(^o^)/
    子供の頃って、単純なんだよなぁ。

    家に帰れば、楽しかったことばかり口にして、朝の大人の詐欺的行為には何も思わない。朝になると、1へ逆戻り。毎日その繰り返しで大きくなった。ありましたネ。思い出すと笑えてきます。

    もし、あさがおさんにお子さんができ幼稚園児になって送り出す立場になったらどぅ送り出しますか?同じことするでしょうね。
    知らず知らずの言い伝えみたいなものでしょうね(^^)

    今日は、泊まり勤務。今夜は、カビ臭いと男臭い仮眠室で一夜を過ごします。

  2. 芋羊羮 より:

    今でも続く幼稚園の
    朝の恒例行事ですね(^-^)

    出先で時間が空いたので、
    ちょっと散策の途中、幼稚園の前を
    通りかかった時、園庭で泣いてる
    男の子と、介抱する先生が見えて
    その光景を眺めながら

    今のうちに思う存分泣いとけよ~
    大人になったら、歯が砕けて、
    口の中、血塗れになっても
    我慢せなアカン事があるんやで~

    てなコトを考えて…
    つくづく、ひねくれ者になった…と
    自分を恥じる散策になりました。
    その後このブログを読んで
    ちょっとびっくりしました。
    あとで、悪態ついた男の子に✉で
    謝っとこう…アドレス知らんけど…

    あさがおさん、
    ありがとうございました。
    新天地?で頑張ってきます。

  3. ひゃ〜 より:

    僕が通ったのは保育園でした。保育士さんは今思えばとても綺麗な方でしたが、あの頃は怖くて怖くて仕方ありませんでした。
    初めて登園した日には母を見失って大泣きし、事あるごとに先生に叱られて泣きました。うんちを漏らしたこともあります。
    今はもうその建物もありません。僕を育ててくれた母も他界し、保育士さん達も歳をとられたと思います。会うことはありません。
    こんな事を思い出すきっかけを作ってくれる朝顔さんに感謝しています。インターネットを開けばエロしか見ていない自分に。

  4. 雲水 より:

    親からしたら
    とんでもなく可愛い子供だよね。

    産んでよかったなって
    感じる瞬間ですよね。
    親を求めて泣くなんてのはね。

    それでよかったんですよ。
    なにもかもね。

  5. だいすけ より:

    自分も集団生活はホント苦手で おまけに集団行動はもっと苦手で 幼稚園の朝みんな
    揃っての体操なんてものは拷問でしかなく なんでも喋るからここから開放してくれー
    と言わんばかりに その時間はスタッフルームに保護されてた記憶があります
    散歩や遠足などで遠くを目指すなども バターン死の行進に思え ただひたすら
    保母さんに背負われ 同じ園児たちにからかわれもしました
    困ったことに慣れるということがなく かなり休みがち 母が専業主婦だったから
    それが叶ったものの 恐るべきかな 集団行動の苦手は高校まで続きました
    ラッシュの車内 皆揃っての授業での勉学 全てにおいて苦手意識を持っては
    いたものの じゃあ幼稚園の頃から高校までを全否定するのかというとそうではなく
    楽しいこともありました 友人ができたことですね 自分の父は転勤&転職族で
    あちこち自分らの家族は放浪しまして その度に人間関係を一からやり直して
    いましたが その度に不思議と友人はできました
    友人たちと放課の後 遊んだりしたことは 今でも自分の記憶の中で輝いていて
    大切な財産となっています

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