2019.6.27更新終了しました。
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父の日

今日は父の日でしたね。

私は贈り物が好きなので、毎年この時期は楽天で父の日ギフトを眺めます。

母の日の贈り物はお花やスイーツが定番ですが、父の日は「北海道魚介セット」「馬刺し食べ比べセット」のように意外な商品が贈り物として提案されていることが多いので、見ているだけでも楽しいです。

 

単身赴任だった父と離れて暮らしていた子供のころは、いったいなにを贈れば父が喜ぶのか見当もつかず、消耗品である下着や靴下を宅配便で送りました。

 

正直にいえば下着も靴下も母からの指示で、品物を選んでいたのも母です。(支払いは私のおこずかいから)

父は知っていたそうですが、荷物を受け取った夜には「ありがとう」と電話をくれました。

父と話し慣れていない私はどう答えればいいのかわからず、また子供心に父が下着や靴下を喜ぶとは思えなくて、曖昧に言葉を濁したら母に受話器を渡してしまうのでした。

 

大人になってからは父との距離が縮まり、父の日や誕生日を待たずに色々な贈り物をしました。

関連:父ストック

父も贈り物が好きな人だったので、「この前のお礼」「この前のお礼のお礼」というように、贈り物の交換が途切れることはなく。

 

「なにも送らなくていいのに」と言うと、「俺の楽しみを奪うなよ」と。

そう言われてしまうと返す言葉もなく、私もグルメな父を唸らせる一品を探し出すのが楽しかったので、親子で似たようなことをしているな…と自分のことながら微笑ましく思ったものです。

 

「”父の日”の思い出」と呼べる思い出は、実はありません。

子供のころは先に書いたような距離感でしたし、大人になってからは年に一度の決められた日だけではなく、毎日のように父を想いました。

おしゃべりが上手だった父はしょっちゅう電話やメールをくれて、一時はその辺の恋人たちよりも親密だったと思います。

 

本当はもっとずっと昔から、父は私を想ってくれていたのでしょう。

私は長い間それに気付こうとせず、気付いてからは父の気持ちをないがしろにしてきたことへの罪悪感を贈り物で埋めたかったのかもしれません。

父も父で私に対する後悔を抱いていたようなので、結局は親子で似たような行動を取っていました。

 

顔も体格も似ていない父でしたが、食べ物の好みだけはすっかり同じで、「変なところが似ているね」と笑い合った日を懐かしく思います。

 

コメント

  1. だいすけ より:

    「北海道魚介セット」( ゚д゚)ハッ!
    「馬刺し食べ比べセット」(ΦдΦ)!!
    北から南までのグルメ詰め合わせの数々 どれを贈るか迷いますよね
    自分は親不孝な事に 父の日も母の日も けっこうスルーしてきて
    一人暮らしになってからは特に顕著になり 今年は毎週している
    父との日曜日の食事が 父の日に直撃したので なにかないかなー
    とアパートを家探ししたところ 未開封のニッパーがなぜか出てきた
    ので 嫌がらせか何だかわからないまま 贈りました
    その罪滅ぼしにもなりませんでしたが 今日の食事の会話は いつも
    よりかは少し長めに話しましたヨ

  2. みっしぇる より:

    こんな素敵なブログを読んでしまったら、
    しょぼくれたおじさんのハートに染み渡りますね。
    今夜は、酒をもう一杯頂きます…。

  3. もー より:

    私は親不孝ものなので、言葉くらいしか送っていません。(物は大体拒否される)

    歩いて5分の距離に住みながら、月に一回会うか会わないか、週に3回会えば今週良く会うなという空気感で早10年。
    家内には自分の親なんだから、もっと会いなさいよ。と怒られながらも今さら改める気はなく。
    人の親になり、なんとか感謝の言葉だけは忘れないでいられそうです。

  4. D より:

    孝行したいときに親は無し

    昔の人はよく言ったものだと。

  5. 雲水 より:

    特別なことは本当は何もいらなくて
    黙って一緒にテレビ見てるだけでも
    それは大切な時間なんですよね。

    貴女の大切な想い出に乾杯🥂

  6. ひゃ〜 より:

    僕は嫁よりも父といる時間が長いです。朝起きると自分と父の食事を作ります。嫁は寝てます。
    父が作ってくれる事もあります。
    父は師匠で先輩で僕の生みの親で憧れで太陽です。
    解決できない問題がある時、父に尋ねます。父は僕の悩みを1秒で解決したりします。
    現場に行くときはトラックの中で父の昔話や自慢話を山ほど聞かされます。長い間、僕はマザコンだと思い込んでいましたが母が亡くなってもあまり落ち込むことはありませんでした。多分父が亡くなった時、相当に落ち込むのでしょう。父は天才だと信じて止みません。父は勝ち組ではありませんが、間違いなく天才です。僕は父のファンです。
    今日は父の日なのになにも祝いませんでした。でも僕は父のファンです。

  7. 芋羊羮 より:

    そうか…そうでしたね。父の日。
    母の日ほどの、イベント感がない
    僕の、のっぺらぼうな感覚では
    気が付きもしませんでした。

    元自衛官で、長距離輸送の運転手
    背が高くて、ガッチリ体型の父

    職業柄、ほとんど家に居なくて
    父親と言うより、よそのおじさん
    子供の頃は、そんな感覚でした。

    小学校の、三年生か四年生の時
    一度だけ授業参観に来てくれた時
    初めて父が他の人より頭一つ分
    背が高い事に気付きました。

    当時、クラスで…たぶん学年で一番
    背が低かった僕は、友達に父の事を
    話せず、複雑な気持ちまま終わった
    授業参観でした。家に帰っても

    「明良さん、来てくれてありがとう」

    この一言が精一杯でした。
    自分の誕生日ですら、家に居ない父
    父の日なんて一度も…
    ん?これって父親参観…父の日…
    都合のいい記憶の改ざん…(-ω-;)

    26年が経って、父より一つ年上に
    なりました。172㎝で止まった身長は
    追いつけないまま…
    数少ない父との記憶は、だんだんと
    思い出せなくなっています。
    時間の経過は残酷な一面もありますね

    明良さんに似てきたね
    仕種や癖、顔も…少しかな?

    父の記憶の半分以上は、
    母の独り言から始まる思い出話

    家族は名前で呼び合う

    父が決めた「我が家のルール」
    もう守る家族は、いないけど
    ふと思い出しました。

  8. さとぴょん より:

    今日は、父の日。メールもらうまで気がつきませんでした。

    親子、家族って、目に見えない絆があるんでしょうね。

    生まれてきた我が子を憎む親なんて、そぅいないでしょう。

    目に入れても、痛くない位可愛いものです。

    近頃、手加減のわからん親の暴力虐待で命消される子供もいますが、一体どういぅ気持ちなんだろうと思います。

    あさがおさんのお父さんも、あさがおさんのこと、どぅしようもなく可愛かったと思います。成長すれば尚更のことでしょう。一緒に居酒屋でお酒酌み交わした日のことは、幸せな一日で良き思い出ですよネ。

    お互い同じような気持ち、似たような行動とるのも親子の絆があるからではないでしょうか。

    おやすみなさい。

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