2019.6.27更新終了しました。
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お皿を割る予感の真相

物を増やすのが嫌いというか苦手なのですが、ひとつだけ人よりも持っているのが「食器」です。

かといってすごくたくさん持っているわけでもなく、ひとり暮らしにしては余分な枚数を持っている…という程度です。

 

食器を買うときには”2枚で1セット”と考えているので、同じお皿が2枚ずつ、食器棚の定位置におさまっています。

 

ただ、食器は割れてしまうものですよね。

私は観賞ではなく実用としての食器好きなので、割れても惜しくない値段のものだけを買い集めてきました。

 

2枚で1セットのお皿を割ると、1枚になってしまいます。(当たり前ですが)

残されたお皿の心を思えば相棒が欠けたような気がして寂しく、食器棚の定位置も隙間があいて悲しく見えます。

 

私は慎重な性格なので、それほどバンバンお皿を割るわけではありません。

むしろ、滅多にない。

二年に一回くらい、それもガシャーンと落として割るよりも洗っているときに欠いてしまうとか、ヒビを入れてしまうとか、そういうことの方が多いです。

 

でも人生でほんの数回、本当にうっかり手が滑って落としてしまい、食器を大破させたことがありました。

 

そのときに毎回必ず思うことがあって、「落とす一瞬前に、私は落とすような気がしていた」ような気がするんですね。(クド言い方ですが)

 

あくまでも落として割ってしまったあとに思うことなので、勘違いというか、ただそんな気がしているだけだと思うんです。

でも、毎回思うんですよね。

 

一瞬前に、予感している気がする…ような気がする。

落とすくらいなので、不自然な動きとか、いつもと違う体勢とか、無意識のうちに違和感を抱く何かがあるのかもしれません。

 

と思っていたのですが、最近ふと気づいたことがあって。

 

実は私は、毎日、毎回、食器に手を伸ばすたびに、「割る気がする」と思っているんです。

 

割れる前に特別な予感があったのではなくて、いつも思っているから、当然割ったときにも思っていた。

ただそれだけのことなんです。

 

思い返してみれば、そういうことってありませんか?

実は、心の中では少しだけ恐れていること。

こんなことが起こったらイヤだな、でもいつか必ず起こるよな…というようなこと。

 

「そう思っているからそうなるんだよ」

と言われたらぐうの音も出ませんが、人間は想定できることや予測できる未来が好きなので、私もお皿が割れたときに本当は安心しているのかもしれません。

 

割ってしまったら、もう二度と割れる心配をしなくても済みますから…

 

コメント

  1. ルネ より:

    こんにちは。
    お皿を割る予感……。何かをするとかに、失敗しそうだなーと思い続けてると、失敗したときのことばかりが克明に記憶に刻まれる、みたいなことなのかな?
    ぼくは運動が苦手で、たとえば基本的に失敗すると思っているので、いつも失敗して「やっぱりだ」と思います。むしろうまくいくと驚きます笑 あさがおさんが今日の記事でおっしゃっていることって、こういうことですか?
    そうなると、お皿を割らなかった日こそが、むしろいつもと違う日になっちゃいますよね。あれ??笑
    こういうパラドックスみたいな問題好きなので、興奮してきました。

    • あさがお あさがお より:

      ルネさん、こんにちは。
      >失敗したときのことばかりが克明に記憶に刻まれる、みたいなことなのかな?
      それもあると思います。
      機会が少なく、自分にとってインパクトがある出来事は記憶に残りますよね。

      >あさがおさんが今日の記事でおっしゃっていることって、こういうことですか?
      そういうことでもあるし、違う意味でもあるような気がします。
      正直私自身は書いたままのことしか考えていなくて、
      でもルネさんはこういう話が好きかもしれないとは思っていました。

      >お皿を割らなかった日こそが、むしろいつもと違う日
      なんだかちょっと怖いですね。
      考えはじめると吸い込まれて、もう二度と戻ってこられなくなってしまいそうな気がして…
      私ずっとこういう答えがでない話をしていたいです。

  2. とら より:

    あさがおさん、こんばんは!

    お皿を割る予感…ですか。
    何かが起きる直前にその予知をするなんてことはあまり自覚したことがない気がしますが、
    何かが起きたり、何かと出会った後に、
    「あ、なんかこれ前に見た気がする」「この前見た夢とそっくりだ」
    と感じることは多々あります。いわゆるデジャヴ(既視感)ですよね。

    パラレルワールドみたいなオカルトめいた話にも聞こえますが、
    ずいぶん科学的な検証も進んでいるようですよ。
    なんらかの原因で脳内の情報処理にタイムラグが生じて、
    今目の前で起きている出来事の一部の情報を、
    過去の体験から来ているものと思い込んでしまうこと、という説があるみたい。

    でもでも、あさがおさんの体験は時間のズレが違いますものね。
    それに、普段から「割る気がする」と思っているそうですから、ますます違うなあ。

    人間が見えている世界は結局は脳が情報処理し、構築しているもの。
    そもそもがぼくが見ている世界、あさがおさんが見ている世界は違うはず。
    あさがおさんが繰り出す妄想の世界も、どれほど共有できているのでしょう。

    メインの方で披露される妄想のなれの果てから、その濃厚さだけは確信できるのですが。

    • あさがお あさがお より:

      とらさん、こんばんは。
      >いわゆるデジャヴ(既視感)
      とらさんが書いてくださった化学的検証説には、すごく納得します。
      デジャヴに感しては、不思議現象ではないような気がします。

      ただ、デジャヴを感じたときのあの不思議な感じや少し怖い気持ちは、
      なんとも言えないものがあります。
      気付いてはいけないものに気付いてしまったような。

      >あさがおさんが繰り出す妄想の世界も、どれほど共有できているのでしょう
      厳密な「共有」は無理なのではないでしょうか。
      「提供からの構築」というイメージを持っています。
      同じ赤を見ても、それぞれによって認識は違いますよね。
      妄想のように実体のないものならなおさら共有は難しく、
      でもそれぞれの世界で好きにカスタマイズしながら繰り広げることができるので、
      味わい深い遊びでもあり…ですね。

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