2019.6.27更新終了しました。
ご愛読ありがとうございました。

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もう好きな本を読んでもいいんだ…

人に話すと、驚かれることがあります。

もっとも、人と話すことが少ないのでそれを打ち明ける機会も滅多にないのですが、聞かれて答えるとほぼ必ず、「え、そうなの?」という反応がかえってきます。

 

それが、「実はそこまで本を読まない」ということです。

読まないことはないのですが、好きで読むというよりは、”必要だから読んでいるだけ”と言い切ってもいいくらいです。

 

特に学生時代から今までに読んだのはビジネス書や実用的な本が主で、小説の類は数えるほど。

 

読んだ数は少ないながら気に入った小説はいくつかあって、それはとても大事に繰り返し読んでいます。

新しいものをどんどん取り入れるのは苦手な性格であることも影響していると思います。

 

それ以外の、何かを習得する目的で読む本は、一冊の理解を深めるよりは次々読んで、気になることがあればまた戻る…という読み方が私には合っているように思うので、kindleの読み放題も使いながら、すれ違いざまに肩をぶつけてくるチンピラのように読んできました。

 

それでも、そこまで読んではいない。

「本は好き」で、扱い方にこだわりを持っていたり、自分のルールもあるけれど、実はそんなに読んでいない。

 

本好きな人って、読むことが習慣になっていますよね。

私にはそれがないですし、一冊も読まない年もありました。

 

ただ、もともと読むことは好きなんだと思います。

子供のころはずっと図書室にいました。

私が使う言葉のほとんどは子供のころに読んだ本から得たものであり、大人になってから読んだ本の影響は少ないと感じています。

 

子供のころに書いた日記も、今書いているブログも、同一人物が書いたものだとすぐにわかると思います。

(ちょっとおもしろいですよね)

 

ここ数年なんとなく気がついたことがあって、私は、意図的に本から距離を置くようにしてきたのかも…?と思うんです。

読んではいけない気がしていた。

小説とか…その類のものは特に。

 

読んでいる暇なんてない、その手の娯楽に時間を使っている暇はない、そう思っていた気がするんです。

 

たぶん、受験勉強が必要になったころから…?

社会人になっても数年前までは忙しい部署にいたので、受験生のままの時間を続けるように生きていたのかもしれません。

 

昨年、まだブログをはじめる前の暖かい日、とても久しぶりに本屋さんに行きました。

好きな作家の棚へ行き、うらのあらすじを読み、気に入った文庫本を数冊買って帰ってきて。

 

またこんな風に、子供みたいに、好きなものを好きと思うままに触れて、そのために時間を使ってもいいんだなあ…

生活のためだけに整えたマンションの隅で、しみじみそう思ったんです。

 

コメント

  1. ゆき より:

    こんにちは、あさがおさん。

    それは言われますよ(笑)
    自分もそう思いました、意外だなって。
    こんな上手な文章を書き連ねるんだから。
    「すれ違いざま肩をぶつけてくるチンピラ」
    ↑絶対思いつかない!
     もの凄いセンス!!
    しかも、ぱっと見、物静かで大人しい。
    当然、文学少女だったのだろうと。
    まぁ、思われますよね。
    (中身はともかくw)

    どんな作家の本を買ったか気になるところですが、自分の想像や妄想だけじゃなく、他者の作った世界を散策するのも、たまにはいいと思います。
    (自分も読んでない本が数冊・・・いつ読めるのか・・・)

  2. ルネ より:

    こんにちは。
    ぼくも受験勉強を始めた頃から「必要ないことに時間を費やす」ということに抵抗を覚えるようになりました。もちろん好きなことをやっている時間は楽しいのですが、「こんなことやっている場合じゃないのに……」という思いがどこからかやってきて住み着くんですよね。だから小説を買ってみても読むということに集中できないという体験をよくしています。
    これは今でもそうで、大学の勉強のために読む本ばかりが増えていって小説はほんの少ししか読みません。さらにその大学のための本も「進学しないとなれば関係がなくなるんだよなあ」と思うといまいち集中して読めなくなってしまうんです。いつも必要性にかられていて、内側からくる関心にそって楽しむということができなくなってしまったように思えます。
    ぼくも今のあさがおさんのように、また自分のうちから湧いてくる興味にしたがって本を読んだりできたらなあと思います。

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