2019.6.27更新終了しました。
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かわいいだけじゃない

私は、動物が好きです。爬虫類も好きです。

虫は触れないのですが、見るのはとても好きなので図鑑を眺めたりします。

動物というか、「人間以外の生き物」に対して憧れと愛情を抱いているのだと思います。

お魚とか鳥も好きです。

 

ごくたまに、気が向けば、ひとりで動物園や水族館に行くこともあります。

とても楽しい場所ですよね。

 

でも、毎回なんだか申し訳ない気持ちになります。

私は今日、あなたに会うことができてとても楽しかったし嬉しかったけど、あなたはどういう気持ちでここにいるのかな…?

一方的に求めてごめんね…という気持ちになります。

 

ただ、動物やその他の生き物が「人間とまったく同じ気持ち」を持っていると考えるのは、きっと少し違いますよね。

彼らは”今を生きている”ので、快・不快は感じても、「あ~あ、日本はつまんねえな~サバンナのヨッちゃん元気かな~」とは考えていないはず…(たぶん…)

 

でもやっぱり、動物園にあるふれあいコーナーとか猫カフェには行けないんですよね。

アレルギー体質だから…でもあるのですが、なんだか申し訳ない気持ちになってしまって。

 

人間と同じように考えるのは違うのだとわかっていても、相手の気持ちがわからないのは気がかりで、手を伸ばして触れることは躊躇ってしまいます。

怖いのかもしれませんね。

嫌な思いをさせたくない、傷つけたくない。

それによって私自身が傷つくことも避けたい。

 

ところが、もう何年も前のことですが、子猫を拾ったことがあるんです。

しかも、何匹も。

 

私のマンションはペット飼育可ですし(何匹でも大丈夫)、アレルギーは出ますが、そこまで重大じゃないので我慢すればいいとして。

猫たちと過ごした時間の詳細は省きますが、病院に連れて行ったり、ノミやダニや寄生虫を駆虫したり、室内での暮らしに慣れるようトレーニングして、みんな里子に出しました。

 

気持ちがわからない、当然言葉も通じない子猫たちとの生活はとても大変でしたが、最終的に、「相手の気持ちはわからなくても、私は尽くしたい」と思ってごはんの用意をしていました。

ペットと暮らす人ってこういう気持ちなのかもしれないな…と少しだけ羨ましく思ったりして。

 

「ペットは癒し」といわれますが、見た目のかわいらしさだけではなくて、接する中で自分自身が浄化されていくから癒しを感じるのかもしれません。

動物園や水族館に行くとなんとなく気分がすっきりするのも、日ごろ抱えている余計なものが削ぎ落されるから…?

 

そう考えると、人間にとっての動物って大きな存在ですよね。

 

コメント

  1. EG速瀬 より:

    以前ふくろうカフェなるものに行った時に同じように申し訳ない気持ちになったことを思い出しました。

    外界を知らず足環に繋がれてる彼らは果たして幸せなのか、危険を冒して餌を取りに行かなくてもいいのだから寧ろ幸せなのか、と色んなことを考えてしまいました。

    ペットを飼うのって所詮人間のエゴなんでしょうかね?僕は以前飼っていたウサギが死んで悲しい思いをして以来もう飼わないと決めてますがそれでも動物番組を見ると顔がほころんでしまい飼いたい欲求に駆られてしまいます。

    • あさがお あさがお より:

      EG速瀬さん、こんにちは。
      ふくろうカフェなんてあるんですね!
      ふくろうって室内飼い(?)できるものなんだ…と驚きました。
      お腹が減ることもないし、寒い思いもしなくてよいのでしょうけれど、どうなのかな…
      生まれたときからその環境で生きているのなら良いのかもしれませんね。

      Googleの検索窓に「野良猫」と入力すると、サジェストに「エゴ」と出てくるんです。
      みんな考えることは同じなんだな…と思いました。
      エゴなのか?という発想はペットを愛していなければ出てこないものだと思うのですが、
      愛ゆえの悩みが「絶対に答えがわからないこと」というのは、苦しいですよね。
      動物はテレビや写真で見るだけが一番よいのかもしれません。

  2. ルネ より:

    こんにちは。
    あさがおさん、本当に素敵な感性をお持ちだと思います。こちらはサブブログですが、こちらの記事の方はメインと同じく、いやそれ以上に良いなあ〜としみじみ感じることが多くて、読むだけで心が浄化された気分になります。人として大好きです!!
    「動物の心なんて、人間が自分の感覚を投影しているだけ」というドライな見方もありますが、動物園で眠たそうにしているゾウや、悠々と水槽の中を泳ぐサメや、カフェにいる猫だってやっぱり何ごとかを感じていることはまちがいないですよね。でも、決してその真相を確かめることはできない。
    そういう「近くて遠い他者」に対するあさがおさんの付かず離れずの心持ちがちょうど良い距離感で、なんて思いやりのある人なんだろうと思います。きっと子猫たちはもっとも幸せな広い猫たちだったんでしょうね。
    人間とは異なるかたちで人間の心に寄り添ってくれる存在として、動物はとても貴重ですよね。こういう人間中心主義で動物を品定めするのはいけないことなんだろうけど……。

    • あさがお あさがお より:

      ルネさん、こんにちは。
      ポジティブな言葉をたくさんかけてくださってとても嬉しいです。
      素直に嬉しい反面照れ臭くなってしまって、でもやっぱり嬉しいです。
      ありがとうございます。

      >やっぱり何ごとかを感じていることはまちがいない
      きっと、何事かは常に感じていますよね。
      真相を確かめることができないのは、ただ単に悲しいというよりは、
      「違う」ということを突きつけられているように感じます。
      どんなにかわいくても違う生き物なのだ、わからないのだ…と。
      それなのに一緒に暮らしたり、接して癒されたりすることに、何とも言えない気持ちを抱いてしまったり。

      人間中心主義になってしまいますよね、どうしても。
      たしかなことって自分目線だけで、でもそれさえも本当に確かかどうかを確かめる術はなくて…

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