2019.6.27更新終了しました。
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いつかのお正月の思い出

12月も半ばを過ぎ、あっという間に今年も終わりを迎えようとしていますね。

クリスマスに特別な予定がない私は、子供のころのお正月に思いを馳せるのが毎年の恒例になりつつあります。

 

私の父はかなり遠い地に単身赴任していたので、自宅に帰ってくるのは年に二回、お盆とお正月の数日間だけでした。

父が帰ってくる時期が近づくと、母の雰囲気が変わるんです。

 

子供心にはなにが変わったのかまではわからず変化だけを感じ取っていたのですが、今思えば、母は緊張していたのだと思います。

 

いくら夫婦といえども、年に二回しか会わないのでは距離は遠くなる一方…緊張する母の気持ちも今ならわかります。

父が帰ってくるとまるでお客さんを迎えるかのように、キレイなお布団を敷いて、ピカピカに洗ったお風呂にお湯をはって、朝から豪華なごはんを用意して。

 

母が言うんです。

「パパを怒らせないようにね」

 

私は自己主張の激しい子供ではなかったので父に怒られた記憶はほとんどないのですが、母は、たまにしか帰ってこない夫との時間をただ穏やかに過ごしたかったのではないでしょうか。

 

父が帰ってきた日の夕方はいつも、家族そろって近所のスーパーに出かけます。

 

お正月のBGMが流れる店内、飾りやおもち、大人数用のお刺身やオードブル。

いつも行くスーパーなのに、いつもとは違う雰囲気の店内。

 

人混みの中カートを押して歩く両親と、うしろをついて行く私。

普段とは少し違って見える母の表情に、なんだか話しかけちゃいけないような気がして。

 

その雰囲気と光景は現実感が薄く感じられて、私はまるで金魚鉢をただのぞき込んでいるかのような…その世界には関係のない存在であるかのような…そんな気がしたのを覚えています。

 

今日、ヨガ教室の帰り道、駅前で歌を歌っている若い男の子がいました。

そのまわりには、制服姿の女の子が数人。

 

買い物袋をさげて、急ぎ足で通り過ぎていく女の人。

パチンコ屋さんに入っていくサラリーマン。

夜の冷たい空気に響く男の子の歌声。

 

ざわざわと人が行き交う中、ヨガマットを背負ってぼんやり自宅を目指しながら、いつかのお正月のように金魚鉢をただのぞき込んでいるだけの存在になったような気がしました。

 

コメント

  1. ゆき より:

    初めてこの記事を読んだとき、自分には決してこのような文章は書けないなと思いました。

    自身を取り巻く環境や事象を、子どものころから俯瞰で見ることができたのはすごいですね。
    逆に周りが見えすぎて、つらいこともありそうですが。

    俯瞰で見る=金魚鉢をのぞく
    自分も金魚として、中に入りたいのか。
    離れてただのぞき込むだけでいいのか。
    その間でもどかしくしているあさがおさんが、可愛らしくもあり切なくもあります。

    • あさがお あさがお より:

      ゆきさん
      たぶん私は、文章を書いていないと思います。
      自分の頭の中にある思い出や妄想を取り出して、人にも見える形にするための手段として言葉を並べていると思います。
      体験や経験を元にしか書けないとも言えます。

      私は、少し離れてのぞき込むだけでいいんです。
      本心で、ずっとそうしていたいです。
      でもたまに金魚になっている自分に気付くことがあって、水槽の中から見える景色を知ることもありました。
      ずっとのぞき込んでいられる環境、私が望むことはそれだけなんですよね。

  2. 芋羊羮 より:

    1ヶ月程前に、YouTubeで

    「あさがお」の

    存在を知りました。
    動画や、他のサイトのコラムなども
    見せていただき、最新の記事から
    遡ってきて、この記事まで、
    辿り着きました。

    ひとり暮らしを、始めた時の事とか、
    自分の体験(記憶)を、思い出しながら
    「あぁ…、こんな事あったなぁ」
    って、声に出して、言ってしまい
    自分一人の部屋で、キョロキョロと
    していました。(笑)

    『金魚鉢をのぞき込む』

    僕の場合は、
    ファインダーから、見ているような…
    そんな感じですね。
    その時、透明人間に…
    存在感をなくしたいって思います。
    (変な妄想して、変態まる出しの
    顔をしているかもしれないので…)

    長々と、変な文章を、
    列ねてしまいました。
    日記、動画、楽しみにしてます。
    体調に気をつけて
    ありがとうございました。

  3. tatiana-🐯 より:

    父親は私が幼い頃に亡くなり父親の存在と言いものを知りません。憧れやとか他の家庭を羨む事もなく、当たり前なこととして受け入れてきました。

    ただ母親が不便で、70過ぎの祖父母と私と3才離れた兄の5人暮らしの生活を母一人で支えていたので贅沢な暮らしではなかったけど貧しいさは感じなかった。

    欲しい物をねだる子供ではなかったし、自己主張が苦手な子供でしたね。
    その母も6年前に94才で他界しました。

    亡くなってからもっと孝行しとけばって思います。

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